自伝的連載コラム TOKYO TRIBEの誕生 その【7】

3:55

2014年

10月下旬

日曜日の午後

吉祥寺の老舗喫茶店くぐつ草のカレーセットを
久々にたいらげた

その帰り道、井の頭通りを
渋谷方面へ車を走らせていた

車内では最近のお気に入り
tofu beatsのfirst albumを聴いていた。
リップスライムのpesを招いた曲
『プールサイド』がかかった時、昨日の
OKAMOTO'Sの日比谷野音にリップがゲストに
出ていた事を思い出していた。

「明日ぼくらの初めての野音ワンマンがあるんで
よかったら来てください」とドラムのレイジくんが
C.Eの展示会で誘ってくれたので、お邪魔したのであった。。

レイジくんが何歳だか正確にわからないが、彼の年ぐらいに
井の頭通り沿いのマンションに住んでいた事があった、、、

なんて事を考えていたら
ちょうどそのマンションの前を通過した。

いまだにマンションは健在。ぼくの住んでいた部屋にも
誰かがそのあと住み続けて『青春』を謳歌しているのだろうか?

ちなみにTokyo Tribe2の主人公の部屋は
そのマンションです。


曲は『candy land』にかわり
ハンドルをにぎりながら、、tofuさんは
現代のTKだなあ〜〜とか、、この曲にはstock aitken watermanの一節が
まぶしてあるのでは?とかいろんな分析を脳内でしていたら
やっぱり「あの頃」にタイムスリップしてしまった。。。

井の頭通り沿いのマンションに引っ越した時は
友達とちょっとした喧嘩をしてしまい、
江ノ島から東京に((戻ってきた))時期だった。

友達もほとんどいなくなり、彼女も当然おらず、、
仕事もなし。。

なんの間違いか、ぴあの編集者から
プライマルスクリームについて文章を書いてほしいと頼まれた。
今なら考えてしまうが、当時はまったく仕事がなかったので、断る理由はなかった。

理由はなかったが、、プライマルのことはまったく(!)知らなかったので(笑)
フリッパーズギターの初期メンバー(ファーストアルバムのジャケに写っている紅一点)井上さんが
友達だったので、公衆電話から電話してプライマルのことを教授してもらった、、。

彼女は当時から雑誌TVブロスの音楽欄を担当していたので、その方面の専門家でした。

「なんで三太くんにプライマルの仕事がいくの?」と最初は揶揄されたものの
最後はやさしくレクチャーしてもらって、無事原稿を書き上げることが出来
、、ありがたきギャラにありつけた、、

そんなギャラで食いつないでいた日々、、、、

その当時は

描き下し単行本
TOKYO TRIBEを上梓してから数年は経過していたワケで、
まったくヒットしなかったから
そんな極貧生活を続けていた訳で、、


トホホ、、どんな自信が当時自分にあったのか、、、?

まあ、なんとかなるさ、、と思っていたのか、、?

ただ、
そのマンションに住んでいたいた時に
出会った
人々とは今も付き合っているし、その後の
ぼくの人生に大きな影響を
与えてくれる
人々との大事な出会いでした、、、

Santastic!Wearも
トーキョーに戻ってこなければ
始めていなかっただろうし、、

江ノ島から
トーキョーに戻って来たのは
自分にとっては
人生の大きな転機になりました。



今にして思えば、、、、


TOKYO TRIBEは江ノ島で描きましたが、

TOKYO TRIBE2は吉祥寺で描きました。


そして

TOKYO TRIBE3は渋谷で描きました。。

そして。。。




You Might Also Like

0 コメント