TOKYO TRIBEの誕生 その【4】

2:11

80年代の終わりに
日本でバンドブームってのがあって

大学生だったぼくも
ご多分のもれず
ベースを買って、軽音楽部なる
部活に入って
仲良くなった友人たちとパンクバンドをやっていた。


一回、そのバンドで
学祭に出たが、、

本当にやりたかったのは
プリンスの弟分
バンド
The Timeのカバーバンドだった。

FUNKである。

ただ軽音楽部には
同好の士は残念ながら、見つからなかった。。


ゆえに
レンタルビデオ屋で自分の
FUNKを、煮詰めて、掘り下げて行った。
一人で

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バンドブームの時代の空気を
上手く描いた当時の漫画に

岡崎京子さんの『ロック』という作品があった。

宝島から派生した妹分、ファッション雑誌の
『キューティー』で連載されていた。

岡崎さんは漫画家でありながら
それまでの手塚さん(を尊敬しながらも)まったく新しいイメージの
漫画家像を作っていてすごくかっこよかった。

面白い漫画を描きながら、同時に
女性誌やファッション誌、音楽誌に登場していた。

漫画に限らず、イラスト、時には文章、はたまたモデル、
タレントとして彼女が登場する時もあって
20代だったぼくは大いに憧れたものです。

ぼくが『ぶんぷくちゃがま大魔王』でデビュー連載を
描き始めた時
とある雑誌(朝日ジャーナルだったけかな??)で岡崎さんは
ぼくの事をイラスト入りコラムで取り上げてくれた

「脅威の新人、今のウチに潰しておかねば(笑)」

みたいなことを書いてくれた!

そしてほどなくして
ぼくはどこかのイベントだったかで
岡崎さんに出会って、
「仲間」にしてもらった。

ある日の思い出
その1
岡崎さんが健康ランドに行きたいというので
(記憶はさだかではないが、、)ラッパーのA/K/I、村上隆さんとこのギャラリーにいた工藤キキちゃんとさやかちゃん、
なんかと江東区の方の健康ランドに岡崎さんと繰り出した。

当時の岡崎さんの仕事量はハンパじゃなかったが
よく遊んでいる印象があった。

「よくそんなに遊べますね?」と聞いたら
「ネームがあがっちゃえば、遊べるじゃん」と答えた
岡崎さんが印象的だった。
それだけ彼女は遊びから情報を得ていたんだと思います。

だから
健康ランドでめしを食って、酒を飲んだあと
すぐに
寝てしまった岡崎さんの姿を見た時は
漫画戦士の過酷な一面を見た気がした。

まるで若き日の藤子不二雄青年たちが手塚治虫さんの
仕事を手伝いに来た時に手塚先生の仮眠姿を目撃した時のような、、、、

岡崎さんとの思い出
その2
渋谷公園通りの
DJ barインクスティックでのキョンキョンの19番アルバムでの
リリパの思い出を次回は語るから
お楽しみにね。。。。


以下
次回に
続く!!


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