TOKYO TRIBEの誕生 その【3】

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1992年頃の

雑誌 宝島は自分にとってのバイブルみたいな本だった。

カウンター/サブカルチャーをいろいろ教えてくれる
教科書、、、あこがれの雑誌だった。

神奈川県は東林間で一人暮らしを20歳から
はじめて、レンタルビデオ屋でバイトをしていた。

そこでR&BのCDをむさぼり、
あらゆる映画のVHS(!)を観倒した。

今思えば、その時期に吸収したものが大事だった気がする



そして淡い恋も。



レンタルビデオ屋の同僚バイトの
髪の毛が紫色のパンク少女に最初に
声かけたのも

「宝島読んでいる?」

だった。

その当時は時間はいくらでも
あったので、バイトが終わってから
よくその子とドライブをした。

あてもなく車を走らせ、
横浜、川崎、
と抜けて
横須賀の海沿いの道の大きなカーブを
曲がった時に停泊している巨大な船を
見た時の感触は今でも鮮明に残っている。。。


そんな経験が
TokyoTribeの
ドライヴシーンに投影されているのかも、、、
(って確実にされてんだけど(笑))

今だから時効だろうから
言うけど
鎌倉の大仏を早朝訪ねて
塀を乗り越えていくシーンは
実際にその子とやった体験です(笑)

眼前の巨大な大仏に
無言になったっけ。。

巨大な船、、

巨大な大仏

そしてぼくらはセックスをした

やれやれ、、、


(嘘ですよw 春樹風にならないかなと思って
書いてみた(笑))


ゴホンw

その宝島雑誌の編集者に出会えた時の
興奮は読者諸氏にも想像してもらえると思います。


宝島のマスブチ記者


かの湯村輝彦画伯 AKA テリー・ジョンソンをして

「マスブチくんはオラン・ジュース・ジョーンズに似ていて
うらやましい!」といわしめた
風貌の編集者

マスブチさんは
ぼくの小学館ヤングサンデーでの
初の連載『ぶんぷくちゃがま大魔王』をBNNより
単行本化してくれた。


余談だが、ぼくは漫画家としてデビューして
25年ーー

小学館でデビューさせてもらったのだが、
一冊も小学館では単行本を出した事がありません。

講談社、集英社等々では出させてもらったのに。。




さらに余談だが

ダン・ダ・バーバリアン』は当初
小学館の雑誌サブラで連載される予定だったので
ついに小学館で単行本が出せると楽しみにしていたんですが、
それは実現されませんでした。。


『ぶんぷくちゃがま大魔王』はテリー・ジョンソンさんの
一番弟子(?)にあたるデザイナー、マイク・スミス氏が
デザインを担当してくださいました。

ちなみにテリーさんとマイクさんで
あのスチャダラパーのロゴをデザインしています。

TokyoTribe3のデザインは テリーさん門下生でマイクさんの
後輩にあたるYOXXXくんが担当。

日本におけるBlack Cultureの
山脈が
Ain't no moutain hight enough とでも
言いたげに連なっています!

そのマスブチ記者が

仕事がまったくないぼくを
見るに見かねて(?)

「描き下し単行本やってみない?」と
声をかけてくれた

23歳の夏
断る理由は

ain't nothing wrong with the Bumpin' grind!


そして

誕生したのが

TOKYOTRIBE


The Birth of cool
クールの誕生




以下次回に
続く!





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